七夕・夏・SAS。
AltairとVega・・何を話しているのだろうか。ちょっぴり羨ましかったりする七夕の宵。
さぁ帰ろうっと。
今年も下半期。
じんじんじんじが、流れてしまい振り出しから。相方は足抜けするとかゴネはじめるし。キミの戦術ミスなんだから、責任をとるって言うなら最後までおやり、ソフトS的にびしびしと締めつつ、ご褒美ねーとオフィスの調度品を購入して差し上げる。経費処理だ、もちろん。
こんな細かなところに気を遣うのが相当面倒。自己満足の美学に浸るのはベッドの中だけにして、って今度何かで沸点に達することがあったら、はっきりと言ってしまいそう。
仕切り直しのチームでは参謀を引き受けることにした。こんなことに時間をとられるのでは堪らない。目的にあった方法をとらなければ意味ないし。さっさかやれば夏期休業はFreeで済んだのに。
結局、今日は午後から夜まで、彼と彼女と3人で打ち合わせに終始。合間を見ては、別組織の明日のプログラムの指示出し。こっちも手続き上で揉めて、昨日はカチーンときたので、当該部局と直談判。ゴネ得なんて絶対にせず、筋を通して、是々非々のところで落としどころを決めるってことで解決したんだっけ。
こんなかんなで人との関係にちょっと食傷している今日この頃。
長期有給休暇計画書にOkが出た、ということがここ数日で嬉しかったことかな。これを目標に公私ともどもあれこれと進めて行こうって決心したばかり。
「ぼちぼち」な筆文字額をお礼に、と頂いた。口癖のぼちぼちが功を奏したのだと。
オフィスのメインの色紙のわきに飾ってみた。

週末休み無しで第二週突入。せめて七夕は楽しみたいもんだが・・・。
来週末は逃亡するかなぁ・・。やることあるけど、身を削りすぎないようにしないと。
梅雨らしく、雨の日曜日だった。
午前中、このところの精神的疲労感が抜けず、ぼーっと過ごし、休日の定番ともいえるホットケーキをサクッと焼いて食べる。
なんだか、やさしい気持ちになれるのだよね、ホットケーキは。
前職の同僚で、山登りが好きな方がいたが、彼がパートナーを山登りに連れ出す口実が「頂上の空気のうまいところで焼くホットケーキは、絶品だ」ということだったとか。本音的には、どうなんだかわからないが・・。たぶん、汗をしこたまかいた後のホットケーキって、そんなに旨いとは思えないのだ。
思い立って、映画に。車でちょいのところシネコンへ。
「いけちゃんとぼく」を観た。原作を読んでいて、無頼派・女任侠の鶏頭サイバラが面白いモノを書いたな、と思っていたのだ。
まぁ、よかった。男の子が、少年になり、男性になっていくプロセスの一端を描いているなぁ、と。
心の中の対話する友、この存在がプヨプヨしたこころを支えてくれる。
大人的合理性の知覚、判断ではout of 眼中にならざるを得ないオバケや幽霊、怪奇モノが子どもには見える。その恐怖や不安を対話の友と話すうちに乗り越えていくことになるのだろう。
特に親との関係で十分に依存、安心を獲得できない場合はこの友が補助自我として、子どもの今を支えることになる。あるいは、小説を読み、小説の中で自分が生きるようになる。
完璧な大人が存在しないように、完璧な親というものは、存在し得ない。
だから子どもはファンタジーの世界で、不足分を補いつつ、暮らしていくことになる。ファンタジーの世界を持つことによって、強さやたくましさをつけていく、そういってもよいことだ。
サイバラ流なテイストは、恋愛を絡めてしまうところだろうか。クラタマ同様にダメンズウォーカーのひとりとして、成人男性の描き方がやはり、ちょい癖があると思うのは気のせいか。
成人男性を描いたと言えば「剣岳 点の記」。
山屋の使命感と意地、そしてロマン。撮影の技に圧倒。利益とか効率とか経済性を超えた作品。
経済モノといえば、この秋公開予定の「沈まぬ太陽」。
これは期待している。渡辺謙主演だし。舞台となる航空会社をどう描ききるか。「クライマーズ・ハイ」とは異なるスタイルで、御巣鷹の航空機事故を描ききることができるのか。このあたりに期待を寄せるのだ。
そういえば、当該の航空会社、統合後のシンボルマークが the arc of the sunだったな。今や国策支援を受けて、沈みつつあるのが現状かもしれないが・・。
ところで、脳と心、ここに最近の関心が収斂している。人間は霊長類なほ乳類である、というベーシックな現実を忘れてはならない、その原点が脳機能、そんなところから関心をもっているのだけれど。調べれば調べるほど、分からなくなるな。まぁだから面白いのだけれど。
突然だった。この知らせ。
80年代、まだ世界が成長する、膨張する可能性を信じて疑わなかった刻のこと。
ダンスと歌と、completeなコンビネーションで世界を震撼させた。
J-popだって、彼がいなかったら、今とは違ったシーンを示していたろう。
中年期を迎え、整形という方法でその危機を乗り越えようとしたのだろう。
ネバーランドをつくり、自分の世界を作りあげ、そこに引っ込んでしまったのか。
露出が多いゆえの、時代を創ってしまったゆえの、実像と虚像の乖離に苦しんでしまったのではないか。
これからは雲の上をムーンウォークしながら世界の音楽シーンをゆっくりと観て欲しい。
最近のmyブーム。
会社の裏に小さな元商店街がある。数店舗しか残っていないのだが、そこに1軒の精肉店がある。
老夫婦が経営している、昔ながらの精肉店。
肉屋のコロッケ、ハムカツ、これはだいたいにおいて美味である。法則のようなモノ、といっては言い過ぎだろうか。
でも、子どもの頃から、ガッコに通い始めて、アパート暮らしをした頃も、そうだった。
ふらっと、旅先で買ったときもそう。
この店、お弁当も販売している。豚ショウガ焼き弁当、600円、豚ロース焼き肉弁当、650円。すべて串カツ、味噌汁つき。
決して、安いという値段ではない。
しかし、ブロック肉を目の前で切り、家庭用のフライパンで焼き、ゴボウとにんじんの煮物、自家製の漬け物を箸休め的に添えての価格といえば、まずまずか、と。
何よりも耳が少し遠いオジサンと、腰が曲がりつつあるオバサンの老夫婦が甲斐甲斐しく働く姿を、眺めながら待っているその時が、ちょっと至福なのだ。
余り人付き合いが得意でもないのかな、このオジサン。それでもいつもちょっとズレた時候の挨拶を投げてくれる。ちなみに今日は「蒸し暑くなりますね」だった。
そうこう待っていると、近くのスナックの店主らしき男性が、鶏肉をガバッとビニール袋ひとつ買っていく。もちろん、掛け売り。
バギーに子どもを乗せた若いカップルが、今日のお昼はお弁当にしよ、って話しながら注文する妻。その肩越しに、俺、烏賊フライもつけてよーと夫君。
オジサン、よかったねぇ、お弁当売れて。そんな音なき声をかけてオフィスに戻る。
紫陽花の月のお昼時。
土曜だからなんだな。前日Open day。関心のある希望者にワガシャを開放。
お役目上、数十人の前でお話をすることに。
若い人の意欲というか希望に満ちたまなざしを受け止める。無限に何かができる、何かをつかめるという可能性を信じている時代なんだな。おとなになるというのは諦めることを上手に覚えることでもある。今日の人たちはまだまだ、この境位に達してもらっては困る。「***<が>いい」という選択をして来て欲しい。
冷やかし半分というような方々もおられたが、一念発起し来年、お会いするかもしれない。人間の可能性は開かれている。そして可能性は実現して始めて、ある、と言えるのだから。
お役目が終わった後は、目下のmissionの下準備。ひとつふたつ年上の同僚氏の被害感の強さ、稚気あふれる拗ね方に辟易としつつ、ミッション遂行のために戦略を練ることで気がついたら夜になってしまった・・・。
明日は、来年下半期からの長期休暇の申請を忘れずにしなくては。
じんじんじ・・まだ季節的には早い。
しかし、ヒトゴトのじんじんじは、真っ最中。
担当のおばかちゃんが、大きなミスをした。たいした戦略もないうえに、決定的な戦術ミス。アドバイスを聞き入れなかったのだから、キミの責任だぜ。
やれやれ、その尻ぬぐいに追われることになってしまった。不運といえばそれまでだが、仕方ない。ちょっと年長の友人が、いや友人一家の将来がかかっているんだもの。できるだけのことはしよう。
とはいえ、致命的なミスを完全に挽回はできまい。どこかで痛み分け的になりそう。
オバカチャン、実力以上に目立とう、自分のできる感を示そうと思ったのが間違いだぜ。
スピッツのように身の安全さを確保したところで吠えることしかできないのだから、所詮、チミは。
血圧が高くなった、とチミは昨日も今日もお休み・・・なんなんだよぉ。
はぁ、睡眠不足。
しかし、しゃーない。
瑞西土産よーといただいたCaran d'ache、すこぶる書きやすい。ばりばり使っている、Parkerと一緒に持ち歩く。一緒にいる気分・・。しゃーない作業も気持ち、楽になる。
未来は突然やってくる、って法則の下、旅帰りの疲れているであろう時に会うことができた。会うと気持ちが高ぶる。冷静を装うのにちょっと努力がいる。
今日きがついたこと。上級顧客対象の営業に似ているなぁという人がいた。透き通る肌、小顔のライン・・・なんと高校が同窓ってことではないか!火曜日が楽しみの日となった。投影しているのは自覚の上。間違って名前を呼ばないようにしないと・・・。
上級顧客Oくんの結婚しましたカードが届いた。びっくりした。お相手は・・・なんのことはない、入院時の同期じゃないか。ミタのガッコを出て、バーテンやったりして入院してきた変わり者。しかし禅の話やら色々と話ができるヤツ。将来が嘱望されるヤツだから、きっと望み通りの職に就くだろう。勤労者になるための時間的資源はまだまだゆとりがあるし。遅ればせながら、おめでとう!
やっと、準備できた。この夏も涼しさを感じることができるだろう。
久々の良い天気。予定どおり写真を撮りに出かける。
昨日、帰りが遅かったのでちょっと朝はきつかったけど、気合いを入れてpunctualに。
24mm広角の難しさをまたまた感じる。被写体イメージと画像にどうもずれが生じてしまう。最近コンデジではあるが玄人好みな仕様のデジカメを買い換えた友の新機を借りて撮ってみる。イメージと画像は一致するんだよな。28mmレンズ。しかしヒトの視覚作用って面白いもんだ。
自分のカメラは、まだまだレンズキャップなどプチ改造の余地もあるゆえ楽しめる。
それにしても今日の新聞各紙の1面、大政翼賛会的煽りを感じてしまった。ヤバイ時代になりそうな気配がどうしてもしてしまう。
ガスの点検で業者さんに起こされて始まった一日。
雨だし、期限内購入品も昨日遠回り出勤して買ったし、どこかに行く予定もない。おまけにこのところ土曜勤務がずっと続いているので、部屋で過ごす。まぁやるべきことの60%ができたから静かに過ごすってことだ。
日中、雨音をきくのも久々なことだ。一定のリズムで響く、雨のおと。
耳学問で「伊勢物語」の説明をきく。この時期の定番テーマ、でもあるな。
自分はこの歌文学ってのをまともに読んだことも説明を聞いたこともない。まだまだ研修中の担当者の説明であったが、興味をそそる。今で言うところの教養人だったのだな、作者は。
たとえば・・。
春日野の 若紫の
すり衣
しのぶの乱れ
限り知られず
これはテキスト内の歌。
して本歌はというと
陸奥の しのぶもぢ摺り
誰ゆゑに
乱れ染めにし
我ならなくに
このふたつの歌に様々な仕掛けがあるわけで。
仕掛けをしかけるには、知っていることが前提。して、それをみやびという、らしい。
一目惚れの気持ちを託した歌、ということだけど、こんな粋な伝え方っていいな。教養人。
とはいえ、2003年基準にはほど遠く、かえって思い出すきっかけになってしまった。
伝説の域になりつつあるなぁ・・・ライブであの時間を見られたのは本当にラッキーだった。もう二度とみられないんだもんな。記録に残して、後進のために使いたかったくらい。
首都圏でのインフル感染者が発生した。
メディアは相変わらず、大騒ぎ的報道が続く。被感染者の行動を洗い出さないと・・・だって。
だけど、ちょっとまてよ。観戦してしまった方々は、被害者なんだよね。好きこのんで感染したわけではないし、発熱など体調不良を体感しているのだから。
ウィスルスをまき散らす可能性だけを取り上げるような感覚はおかしい。世間をお騒がせしたことをわびることもあるまい。予防策をとりつつも、感染してしまった方々もいるのだから。
電車内で化粧をしたり、ハンバーガーを食べたりする人たち。この人たちにとっては、隣に座っている、前に立っている人は、もはや人ではなくモノと同じなこと。だから、恥じらいもなく平然と化粧をしたり、臭いをまき散らしながらハンバーガーをパクツクことができるわけだ。自分だけがよければいい、自分だけが快適であれば、他人のことは気にもならない・・・こんな時代になってしまった、ともいえようか。
インフルのことでも自分だけが安全・安心できればいい。それを脅かす要因は排除する、といった心性がどうも出てきているようにおもえてならない。危険だ。排除の論理が幅をきかせるのは。